夏の午後 2
「氷河?」
「しばらく噴水に触るなよ、凍るぞ。」というと短い気合とともに水柱が上がったと思うや否や、それはあっという間に凍って、氷河の手に氷柱となって収まっていた。
「永久氷壁とまではいかないが、これくらいの暑さではとけない。」
と言いながら4本の氷柱を作り出すと、手際よく沙織の周り四角に立て、沙織の持ってきたバスケットの中から敷布を取り出すと、それを天蓋にして即席のテントをつくってしまった。
日陰の中に入ってくる風は氷柱に触り、沙織に涼しく届く。
「これでどう?」
「素敵。」
日傘を閉じて、バスケットの中から水筒を取り出すと、アイスティーを差し出しながら、
「こんなに涼しいなら、ホットの方がよかったわね。」
「次はそうしてくれ。」
笑いつつも悪びれもせずにいう氷河は、とても魅力的だった。
噴水の水面に差し込む日差しが照り返され、白いテントの中に格子模様の影がゆらめく。
手入れの行き届いた芝生の上に二人して座り、四角いバスケットをテーブル代わりにスコーンとレモンティーを楽しみながら、あれこれしゃべっていたのが、氷河がふとそういえば、と微笑んだ。
「誕生日には何が欲しい?」
「何でも。氷河のくれる物なら何でも欲しいわ。」
「女は大変だ。」
「・・・すでに何人も女の人を泣かしてるでしょう?」
「ご心配なく。アテナの聖闘士だからな。」
関係ないでしょ、とも言い切れず、困った沙織だった。
「そうだ。沙織さんが二番目に喜ぶものをやろう。」
「二番目?」
「いや三番目かな?」
「なあに?教えて頂戴。気になってしかたないわ。何かしら?」
「しょうがない。そんなに言うなら教えてあげるか。誕生日まで秘密にしようと思ったが。」
耳打ちしようと氷河が顔を寄せてきたので、沙織も体を寄せると、すいと頬をとられてキスをされてしまった。
「もう!誕生日プレゼントなんてウソだったの?」
「ははは!それが誕生日プレゼントさ。つまり『未来ある平和な日常』だよ。どう?」
「それは・・・一番かも。」
「『星矢と二人っきりでラブラブ』が一番だと思ったが、俺とのキスの方がやっぱりいい?」
「『常識のある友人に囲まれた、未来ある平和な日常』。ベストね。」
「いやみなやつ。」
「友人の影響だわ。」
「そのうえ素直じゃない。」
「ますます友人の影響ね。気をつけなきゃ。」
「・・・俺は素直だぞ。」
「そういえばそうね。私の大好きな彼の影響なら、仕方ないわね。」
「臆面もなく言うなぁ。」
呆れ顔の氷河をみたら、思わず恥ずかしくなって、話をはぐらすように言った。
「他のプレゼントを考えて頂戴ね。」
「女ってなんでもいいっていうわりに、あれはやだ、これはやだって言うんだよな。」
「本当に罪なことしてないでしょうね?」と眉をひそめると、氷河は笑っただけで誤魔化した。
ふう、と大げさに嘆息させてみせた沙織だったが、誕生日といえばもう一人いて、自分としてはそちらの方が気になっていたのだ。
「瞬の誕生日プレゼントは何にするの?」
「まだ決まってないんだ。でも何か面白いことをするさ。」
前回の氷河の誕生日に白鳥の被り物をプレゼントされたのをきっかけに、彼らの悪乗りはエスカレートして続いていた。星矢が必死で考えているのだそうだ。
「なんだか憂鬱だよ。」
「俺も不安だ。」
と急に割って入ってきた声がして、びっくりして見返ると、瞬と紫龍がバスケットを抱えていた。
「瞬、紫龍。」
「今日遅くなると言っていなかったか?」
「ああ。存外早く終ったんだ。」
「ラグとクッションと、いろいろ持ってきたよ。」
「ケーキと飲み物も追加だ。」
「まぁ!本格的なピクニックのようね。」
「僕のはともかく、沙織さんのバースディ・プレゼントって何がいいのかな?沙織さん、何かリクエストありません?」
「瞬。キスはダメだぞ?」
「当たり前だよ!そんなことしたら、また星矢が暴れるじゃない。」
「氷河ったら!」
その日は夕方まで優雅な午後を過ごした。
そしてそのことを知った星矢がおおいにむくれたのは、この日の夕食時の話。またその機嫌をとるのに手花火を楽しんだのは、その日の美しい夜の話。
たわいなくも美しい日々に酔いしれそうに見せて、その幸せをかみしめている彼らだった。
endfrom えみさま