サガとカノンとシオンと




「あの、サガ。」
「はっ、はいっ!」
「あの、そんなに固くならないで。」
「は、も、申し訳ありません。」
ガチャンとカップを音立てて、こぼしてしまうのも、何度目だろう。
双児宮にアテナ沙織とサガは二人きりでお茶しているのだったが、適当な話題もなく、先ほどから気まずい間が、テーブルの上にどっかりと乗っていた。
「あの。」
「はっ。」
「あの、サガに無理をさせてしまっているのは、本意ではないのです。ただ、忌憚なくお話ができたら、と思って・・・。」
都合のよい日を選んで、沙織は黄金聖闘士たちと対話をする時間をとることにしていた。
前回はアイオリアと1時間ほど、ストレッチなどしながら、たわいないおしゃべりをしたのだった。
そして今日はサガと、ということで、なんと、彼はお茶の準備をして待っていてくれた。
テーブルに案内されて、かわいらしい花が一輪、添えられているのもサガがしたのかと思うと、ほほえましく、嬉しく、にっこりと目を止めた沙織だったが、サガの極度に緊張している様子に、ほどなく会話も途切れがちになるのだった。
「無理などと、とんでもありません!あなたをおん前にして、緊張してしまい・・・」
美丈夫が真っ赤になってしどろもどろに弁明する様を、沙織はしかし、悲しげに微笑み返した。
「女神と聖闘士という立場では、打ち解けることは難しいかしら。」
「あ、愛しております。」
シーンと聖域中が静まり返ったようだった。
「あなたを。」
「サ、サガ。」
唐突な告白に、少女らしく動揺した沙織に、サガははっと我に返り、また、かああっと赤くなった。
「いえ、あの、その。」
と身の置き所もなく動転したサガだったが、やがてあきらめたように、ふーと息を整えた。
真っ赤になった沙織が、おずおずとサガを見上げると、サガの、ひたと情熱的に見つめる美しい瞳とかち合った。
「女神は私のすべてです。あなたが自由であること、あなたの望みのままにあなたがおられること、それが私の望みであり、願いです。」
そして、まだ耳を赤くしたまま、困ったようににっこりとサガは微笑んだ。
「ですから、そのあなたが、私の希望を聞かれると、どうしていいか、分からないのです。」
まだ動揺の残る沙織だったが、取りようによってはサガのあまり個人のない考えに、多少の不安と不満を感じないではいられなかった。
「全幅の愛を、嬉しく思います。私も同じく、あなたにそうであることを願っています。だからこそ、私は女神と聖闘士という枠から離れたところの、あなたの普段思っているようなことを、お話合えたらと思って。」
一人の人として相対したいと思うのは、立場が上のものの、あるいは傲慢なのだろうか。
戦士としてある彼らに、まずただの人であって欲しいと、人生を持って欲しいと願うのは、沙織が罪の意識から逃げたいからなのだろうか。
沙織はそんな思いを払拭したくて、こんな対談をしはじめたのかもしれなかった。
・・・・ただ、沙織は悲しいのだった。
ゆれる沙織の瞳に、悲しみと慈愛とを見たサガは、ふと微笑し、やがて言った。
「忌憚なく?」
「ええ、忌憚なく。」
「それでは。」
と言ってサガは小さくつぶやいた。
「え?ごめんなさい、聞こえなかったわ。」
こころもち、耳を寄せた沙織に、サガはテーブルの上にあった小さい手を捕まえると、押し抱くように口付け、射るような、乞うような、妖しくきらめく目を向けて、ささやいた。
「このサガを求めて下さい。」
一瞬の間に真っ赤になった沙織を、ゆっくり解放すると、サガはさらにぼそりとつぶやいた。
「欲だと分かっている・・・が、あなたを愛することにおいて、星矢なんぞに負ける気はしないのだが・・・。」
「・・・あの、わ、私は、星矢が、あの。」
急にここで星矢の名前が飛び出して、またさらに赤くなった沙織は、女神らしくもなく激しく動転した。
「ふ。・・・大丈夫ですか?アテナ、顔が真っ赤ですよ?お茶はいかがですか?」
余裕の出てきたらしいサガが、くすりと笑うと、沙織はなんとも言えずぐったりと背もたれに沈みこみ、熱くなった顔をぱたぱたと仰いだ。
「〜〜っ・・。頂けるかしら。くらくらするわ。」
「このサガの幸せです。」
 お茶を注ぎながら、とびきり美しい笑顔でそう言われては、沙織も苦笑するしかないのだった。



「サガとは、どうでしたか?」
いつもはあまり聞いてこないカノンだったが、気になるのか、教皇宮に帰ってきた沙織の顔を見るなり、平気を装った顔でたずねてきた。
カノンは教皇シオンの下で、教皇の雑用と女神の近衛兵のような役をかっている。
実際面倒な役割だったが、カノン自身は、何よりも愛する女神の側にいられるのが、優越感すら抱く至福を感じているのだった。
それが、女神が急に、黄金聖闘士達と積極的につきあうと言い出し、心中穏やかではなかったところに持ってきて、今日はあのサガのところに行くという。弟として、兄の女神好きは知っているのだった。
「・・・愛していると言われました。」
「なっ!?なななな・・・!?」
ぶはっと息を吐き出すと、泡をくって沙織の周りをうろうろしたが、沙織はそんなカノンの狼狽に気を留められず、はあ。と肩を落としてこぼした。
「アテナって、難しいものね。」
「それ、ごらんなさい。大の男の希望を聞いてやるなんて、少女のあなたが言うのが間違いなのですよ。」
教皇のシオンが朗らかに笑いながら、沙織を迎え入れた。
「そ、そんな風に解釈しないで。ただお互いを良く知り、コミュニケーションをよく図ろうと。」
「はいはい。皆、可愛いあなたの可愛い言動を、てぐすね引いて待っているでしょうよ。サガは本当に『愛している』と言っただけですか?何か変なことはされなかったでしょうね?」
「・・・おかしなこと、言わないで。サガに、みんなに失礼よ、シオン。」
「おや?今、変な間が空きましたね?本当は何かあったのですか?」
「シオン!」
「ははは、はいはい。」
と教皇シオンが笑って肩を抱き、可愛い女神を自室へ下がらせた。
その後姿を呆然と見送っていたカノンは、シオンの後ろ手にした左手が、くるりと親指が下を向いたのを見て、事の真相を暴き、その次第によってはサガ暗殺指令が下ったのだと、確信したのだった。



和良井 えみ

 

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