花火大会 

 

今夜は河原で花火大会がある。

毎年城戸沙織には縁のないことだった。

世界指折りの財閥のトップともなれば、人ごみのなかを歩くことはほとんどなかった。

テロの心配だって考えられることなのだから、無理もない。

しかし今年は違った。

「沙織さんは、俺がセイントだってことをよく忘れるな。」

「セイントだから、よ。パニックを起こしたくないわ。」

ギャラクシアン・ウォーズで一躍有名になったセイントが人ごみに現れたとなったら、大衆のパニックが容易に予想される。

それを心配する沙織は、自身が行ってみたくても、承諾できなかった。

が、星矢はそんな沙織の返答を充分予期していて、にかっと笑った。

「いーい考えがあるんだ。」

沙織がこの星矢の笑顔に、惑わされたと少し後悔するのは、後のことになるが、この時は、ぽーっとなってしまって、

知恵と戦いの女神らしくもなく、星矢とデートすることを了承してしまったのだった。

 

 

「浴衣になったくらいじゃ、やっぱりダメだったか。」

夜店の前をそぞろ歩くつもりだったのだが、星矢と沙織の周りに人垣ができはじめていて、人が増すにつれて、緊張感も漂いだした。

騒がしいくらいの夜店の通りが、沙織と星矢の周りだけ、妙に静かな輪ができていた。

人々の目は吸いつけられるように沙織を見ている。

そして、隣にいるのが、セイントと知るのだった。

星矢もちらりと沙織を見やる。

きれいなつま先。白地の涼しげな浴衣。肩に滑るつややかな長い髪。うちわを弄ぶ白い指。

上気した頬は夏の夕方の太陽を照り返し、ふせがちなきらめく瞳はまつげが濃く影をつくって、すがすがしい上品な色っぽさを醸し出していた。

どうしても注目を集めてしまう美しさだった。そして簡単には近づけないくらいの美しさだった。

だから、人垣ができていても、これだけ静かなのだろう。

沙織に浴衣をリクエストしたのは、花火大会なら浴衣のほうが目立たないと考えたのだったが、

結果は、潅木の森に一際大きいクリスマスツリーが忽然とあらわれたのと同じだったようだ。

この作戦は失敗したものの、星矢としては浴衣姿の沙織に大満足だった。

「これ以上ここにいるのは危険だな。」。

「・・・。」

うつむく沙織は、白い桔梗のようだった。

「大丈夫だって!考えがあるっていったろ?」

と星矢がにかっと笑うと、沙織をひょいと抱き上げ、人垣の輪のなかから一瞬の間に消えていた。

 

その五分後、夜店通りを抜けた星矢達は、人波に紛れることに成功していた。

「ママ!見て!セーラームーンとアンパンマン!」

「あら、まあ、ホント。・・・これ、指差してはいけません。」

親子連れがすれ違いざま、一組のカップルを見つけて笑っていた。

「なっ?完璧だろ?」

「・・・ええ。克己心がためされるけれど。」

行き交う人々は自分達を見ると、一瞬ぎょっとして、じろじろ眺めて行ったり、失笑したりしているのが、狭い視野でもよく分かった。

そう、二人は夜店で買ったお面をぴったりとつけて人であふれる公道を歩いていたのだった。

おかげで、ヤバイカップルとして、目立ちはするものの、それ以上の注目を浴びることはなかった。

星矢の自信ありげで楽しそうな笑顔はこれだったのか、と沙織はお面の下の頬を赤らめながらも、くつくつと笑いがこみ上げてくるのを否定できなかった。

星矢は自分達のバカップルぶりに、いたくご満悦だ。

お面をつけたまま、花火会場となっている河原までそぞろ歩く道行も、おかしくてたまらない。

 

堤防に着いたちょうどに、太陽が沈みはじめた。

たくさんの人が集まっており、河原にも、堤防坂にも、道路にも思い思いの場所を占めている。まだまだ、人の波は増えてきそうだった。

「けっこう空いてるな。よしっ、打ち上げ場所の近くにいこうぜ。」

堤の急な坂を星矢に助けられながら、くだる。

「あっ。」お面の狭い視野のため、堤の下草に軽くつまづいたが、星矢がしっかりと支えているので、転ばない。

「大丈夫か?」

「ええ。ありがと、せ・・・。」星矢を見返った沙織の視界にアンパンマンがにゅっとあらわれたので、ぷっと笑ってしまった。

「・・・この作戦は重大な欠陥があるな。・・・肝心のムードがでねー。」

ぼやく星矢も笑いをかみ殺している。

沙織もまた笑った。

紅色の太陽が沈みきり、辺りは薄暗くなり始める。

青い湖に沈んだように、世界が青色に染まった。

会場にひしめく人々も藍色の像となって世界ににじんでいる。

ここまで暗くなれば、もうお面はいらない。

いつまでもお互いを見て、くすくす笑っていた二人だったが、やっとそのお面をはずした。

沙織が星矢を見上げて、にっこり微笑んだ。

 

「何?」

「やっと好きな顔に会えたと思って。」

その言葉に理性がすっとんだ星矢はぎゅむと沙織を抱きしめようとしたが、沙織の方が上手で、すいっとかわした。

「なんでだよ!」

「・・・その顔は好きじゃないわ。」

「う。」

ブチブチこぼす星矢の手を引いて、ちょうどよさそうな場所を探し歩く。

沙織の白い浴衣がそっと闇夜に浮かびあがる。

星矢には沙織が燐光をはなっているように見えた。

「・・・この時間のために生きるよ・・・。」

「え?なあに?」

「・・・別に。」

「おかしな人ね。」

会場の一角に座を占めると、まもなくドンッとお腹の底に響く大音響と共に美しい花火が打ちあがった。

「始まったわ!」

夏の夜空をふるわせる花火に夢中になって見上げる沙織に、星矢はついついと袖をひっぱって、ぼそっと言った。

「・・・デート。なんだけど。」

「そう、ね?」

沙織には星矢の言わんとしていることがよく分からない。

「だから、こーだろ?」

と、くいっと頭を星矢の肩に押し付けられた。

「・・・そう、ね。」

夏の花火は、ぴったり並んですわり、頭をもたせかけあう恋人達を祝福するかのように一瞬明るく照らしては、すぐ二人だけの闇に隠してくれるのだった。

 

 

END

by えみさま


 

Back       Home