小さな訪問者 



 

城戸邸の敷地は、かなり広い。庭などはもはや森とも言うべきもので、大きな木が数多く立ち並んでいる。

だが敷地内に入る人間はグラード財団の関係者だけであるし、そのような人間も用があるのは邸内だけ。

当然、森の中まで入って来るものはまずいない。

そういう訳で、今森の中に居るのは、森でトレーニング中の星矢一人だった。


「ふー、ここらでちょっと休憩といくかな。」

うーん、と大きく伸びをして、ひときわ大きな木が作ってくれた影に寝そべる。

    涼しい風が、いたわるように吹いてくる。

    その風の中に、森に咲く花とは違う、けれどやさしく鼻をくすぐる香りが混じっているのを感じて、星矢は体を起こした。



「あ、星矢。」

    ・・・そこに居たのは、花よりも可憐なひと。

「よ、沙織さん。」

「どうしたの星矢。こんな所で。」

    星矢に気付いてこちらに歩いてくる。

「俺は休憩中。沙織さんこそ、こんな所で何してるんだ?」

「今日はお天気もいいし、たまにはこうやって歩くのもいいかと思って。」

    私も休憩、と言って沙織が星矢の横に腰を降ろす。

「そうだな。この辺は特に花が多くてきれいだし。」

    (沙織さんには負けるけどな) と考えて、くすっと笑う星矢。

「星矢はいつもこの辺で休憩してるの?」

「ああ。ここ、けっこう気に入ってる場所なんだ。」

「ふふ。お昼寝するのにちょうどいいってこと?」

「そ。静かだし、木陰になってて風も気持ちいいんだ。」

「本当。気持ち良さそう。」

    風になびく髪を押さえて、沙織が目を細める。

「ただ時々、客が通るんだけどな。」

「客?」

「そう。俺がぐーすか寝てると踏んでくヤツがいるんだなー、これが。」

「?」

    不思議そうに首をかしげる沙織。

「蝶や鳥が俺の周りウロウロしてくのはしょっちゅうだけどさ、とかげだのクモだのが俺の体乗り越えてくんだよ。

俺、気配消して寝てるから岩とか丸太だと思われてるんだろうなー。」

「やだっ。」

    思わず鳥肌。

「ここ森ん中だからしかたないけどさ。だけどこの間、とかげが顔の上を歩いてったのには参ったな。

俺の額んとこでしばらく止まったままだったんだぜ?」

    自分の額をとんとんと指差して笑う。

「や、やだっ。」

    体をゾクゾクさせる沙織。

「そう嫌うなよ。クモはかわいいとは言えないけど、とかげってけっこうかわいいぜ?シッポなんてメタリックブルーだしさ。」

「いやいやいや〜〜。」

    我慢できずに首をプルプルさせる。

    その様子がかわいくて、(あまりにもまんま女の子、の反応だったので)くっくと笑ってしまう。

「・・・・・・あ。」

    ふいに星矢が沙織の足元を見やる。

「なっ、何?」

    ビクビクしながら聞いてくる沙織。

「噂をすれば何とやら、だ。とかげ。」

    ひょいと星矢が指差したので、つられて見てしまった。

    ・・・そこには見事なメタリック・ブルーのシッポを持ったとかげがちょろり。しかも沙織の足のすぐ横(!)に。

    『やあどうもお嬢さんv』といったかどうかはわからないが、長い舌をペロリ、ペロリとさせている。

「!!!」

    息を呑んで固まってしまう沙織。

    それに驚いたとかげが、沙織の横を走りぬける!

 

 

「きゃ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−っ!!!」

    ものすごい悲鳴をあげて、思わず星矢にしがみつく。

「おっと!」

    ぶつかってきた沙織の勢いにびっくりしながらもしっかりと支えてやる星矢。

「やだやだやだあっ。どっかやってえっ!」

    星矢のシャツを握りしめて、思いっきりブンブンと首を振っている。

「大丈夫だよ。もう行っちまったからさ。」

    まるで子供のようなその様子にくすくす笑いながらも、あやすようにポンポンと背中をたたいてやる。

「ほんと?ほんとにもういない?」

    シャツを握りしめたまま、星矢を見上げる沙織。

    震えながら目に涙をいっぱいためて、すっかり半泣き状態。

(かわいい・・・)

    思わずぎゅうっと抱きしめたくなるのをめいっぱいの理性で抑え、何とか落ち着かせようとそっと髪を撫でてやる。

「もういないから、安心していいよ。」

    ゆっくりと、ささやくように。

「ん・・・・・・。」

    小さく頷いて、すん、とはなをすする沙織。

「・・・ごめん。そんなに怖がるとは思わなかった。わからないように追い払ってやれば良かったな。」

「・・・ううん、いいの。ちょっとびっくりしただけ。」

    まだ涙の残る瞳で、ぎこちなく笑ってみせる。

(可愛い・・・)

    再びぎゅうっと抱きしめたくなったのを、今度はめいっぱいの理性でも抑えきれなかった。

「あっ・・・・・・。」

    驚く声を無視して、両腕にしっかりと閉じ込める。

「せい、や?」

「いいんだよ、もっと俺に頼っても。俺はいつだっておまえのそばに居るから。怖く

なったら、いくらでもこうしてやるから。な?」

「星矢・・・。ありがとう・・・・・・。」

    沙織がおずおずと星矢の背中に手を回すと、星矢はさらにしっかりと沙織を抱きしめた。

 

 

 

「さっきのとかげに、ちょっと感謝だな。」

    抱きしめたまま、星矢が呟く。

「どうして?」

「あいつのお陰で、いい思いさせてもらった。」

    沙織の髪に顔を埋める星矢。

「・・・もう。」

「やわらかくて、いい香りがして、すごく気持ちいい。・・・この場所気に入ってたけど、それよりもこっちの方がいいや。」

    さらにぎゅうっと抱きしめる。

「ばか・・・」

    星矢の胸にもたれかかったままの沙織が赤くなる。

「そ。俺ばかだから、もう離さない。・・・・・・これからもずっと。」

「星矢・・・?」

    沙織が顔を上げる。そこにあったのは、やさしく笑う星矢の顔で。

「好きだよ。もう絶対に、離さないからな。」

「・・・・・・・・・はい。」

    小さく、けれどしっかりと頷いて、沙織は星矢の胸に体を預け目を閉じた・・・・・・・・。

 

沙織は星矢の腕に抱かれて、うっとりと目を閉じたまま。

星矢がふと小さな気配に気付き、片目だけを開ける。さっきのとかげが再び。舌をペロリとさせている。

たぶん、『よう兄ちゃん』と言ったのだろうが、星矢は片手でしっしと追い払う。

とかげ、チッという顔をしてのそのそ向こうへ歩いていく。

(お前には感謝してるけど、今は邪魔すんなよ。)

    もう少しこのまま、彼女を抱きしめていたいから。

    とかげ、くるりと振り返り、ペロリ。

(ありがとよ、ミスティ2号。)

    星矢が片手を挙げて挨拶すると、とかげは森の奥へと歩いていき、見えなくなった。

 

 

    星矢はにっこり笑うと、改めてぎゅうっと沙織を抱きしめた。

 

 

END

 

by くろさま


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