短い電話
潮騒が聞こえるアパートの一室に、深夜12時、電話が鳴った。
俺はわざとゆっくりとった。
俺を思って受話器を持つその人を、一秒でも長く想像していたかったからだ。
相手先は誰だか見当がついている。
だから「もしもし」ともいわず、電話に出た。
「・・・寝ていたかしら?」
やはり、沙織さんだった。
遠慮がちなきれいな声が、耳をくすぐるように気持ちがいい。
いつもこれくらいの距離で話せればいいのに。
「いいや。起きてた。沙織さんからの電話を待ってた。」
くすり、と沙織さんは笑った。
「ハッピーバースディ、おめでとう、星矢。」
12時をまわった今日は、12月1日。俺の誕生日だった。
「ああ。ありがとう。」
「明日は・・・もう今日ね、今日は城戸邸に来てくれるのかしら?」
「あ、ああっと・・・。」
俺は言いよどんだ。
といって俺に予定があるというのではない。
沙織さんは日本にいる聖闘士の誕生日にはいつもちょっとしたバースディ・パーティーをしてくれる。
今回は俺の誕生会を開いてくれるつもりなのだ。
しかし今の俺にはそれが気恥ずかしくてならなかった。
自意識過剰と言われれば、そうなのだろう。
もう少し大人だったら、逆に子供だったら、きっと素直に嬉しいと思うのだろうが、最近の俺は、どうにも恥ずかしさが先に立ってしまう。
それにあんまり沙織さんの側にいると、俺の理性が吹っ飛んでしまいそうになるから、最近城戸邸に行くのを自粛していた。
誕生日に側にいたら、俺は甘えてしまって、どうしようもなくなる気がする。
「・・・・星矢の都合があるから、無理も言えないわね・・・。
・・・・でも、あなたに会いたいわ・・・。
会って、おめでとうって言えたら、どんなに素敵かしらと思ったら、さっき、少し、泣いてしまったわ。おかしいわね、泣くなんて。」
「今、部屋か?」
「え?ええ。」
「今から抱きしめに行くから、逃げずにいてくれよ。まっすぐに、部屋にいく。」
と俺は一方的に電話をきった。
忙しい沙織さんは俺が城戸邸についた頃には、部屋にいないかもしれない。
それとも、恥ずかしがって、どこかに隠れたかもしれない。
それなら、それでもいい(現れるまで、待つだけの話だ)。
だけど部屋にいたときは覚悟してろよ、抱きしめるだけじゃ、済まないから。
今日は俺の誕生日。
沙織さんを抱きしめに行く、なんて言ったけれど、本当は逆で、俺を抱きしめて欲しい。
君の元に走る俺をどうか抱いて、ささやいて。
ハッピーバースディ、星矢。
END
by えみさま