The god of thunder




雲の立ち込める、くもり空が広がっていた。

うっとおしい天気の日は、気分まで憂鬱になる。

沙織は、沈む気持ちを持て余しながら、銀座の交差点で信号待ちをしていた。

和光の大きな時計を見上げた瞬間に、遠くで雷が鳴った。

バリッバリッ。

その落雷の音に、彼女の足が竦み、思わず目を瞑る。

その音が何を意味するのか、女神の小宇宙が悟った。

「お父様」

思わず、呟く。

それは、天界の父であるゼウスが地上にいる娘へと呼びかける声。

信号が青になり、たちすくむ少女の傍らを次々に人々が通り抜けて行く。

ふいに、周囲の景色が遠のくのを感じた。

視界がぼやけ、耳が遠くなり、立っている地面に足が吸い込まれそうになる。

自分という者を形としている原子が、ばらばらになりそうな感覚を覚える。

地上を我が物にしようとした海王ポセイドンの魂をアテナの壺へ封印し冥王ハーデス

を倒し、平和になった世界はアテナという存在をもはや必要としない。

この世に自分を繋ぎとめる肉体という鎖が断ち切られそうになるのを感じた。

それを行っているのは、神々の王ゼウスだ。

雷の音が近づいてくる。

平和な世が訪れた今、戦いの女神は天に帰るべきなのだと告げる。

身体がバラバラになる感覚を必死でこらえながら、沙織は思考を巡らせた。

脳裏に、ある人の顔が思い浮かぶ。

(処女神の私が、恋に落ちるのはいけない事なのかしら)

それも神々を統治するゼウスの命令を無視して、地に降りて『ただの者』として、愛

する人と生きる事。



バリバリッ。



少女の目の前に雷が落ちた。

電気の余波を感じながら、目をゆっくりと開ける。

確かに雷が落ちたその場所に、ひとりの少年が立っていた。

今の衝撃が嘘のように、微笑んでいる。

「あなた・・・・・・?」

奇跡でも見るような思いで、愛する人を眺める。

「今、呼んだだろ。俺の事を」

聖闘士の訓練を積んだ彼には、いかづちのショックは通じなかったらしい。

必死の思いで呼びかけた沙織の声に、音速、いや光速の早さで飛んできた星矢は恋人

の手を取った。

「迎えに来たぜ」

と言う星矢に

「ええ」

と、沙織は頷いた。

先程までの離人感が嘘のように遠のき、しっかりと地に足が付いた感触が甦る。

(お父様から私を守って。そしてどこかへ連れて行って、誰の手も届かない所へ。)

フテナは心の中で、そっと呟くき、自分のナイトを見つめた。

バリッバリッ。

音を響かせながら、雷が遠ざかっていった。



END

by野菊さま


 

 

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