流れ星への贈り物




「まだ、帰ってこないのね・・・・・・。」

  もうこれで何十回目となったのかわからないため息をつき、沙織は壁にかかる時計を見やった。午後11:37。

  本日、12月1日が終わってしまうまでにあとわずか。それまでにどうしても、やりたいことがあった。

「あなたに会って、おめでとうって言って、それから・・・。」

  何日も前から用意していたものを、そっと抱きかかえる。淡いグリーンの包装紙に包まれ、

  赤と金のシンプルなリボンが添えられたそれ。

「星矢、気に入ってくれるかしら・・・。」

  一生懸命に作ったプレゼント。

   ただ完成させるだけなら簡単だが、星矢に受け取ってもらう事を考えると何だか 納得がいかずに何度もやり直した。

   大切に、大切に、自分の想いを込めながら・・・。
  けれどその想いを受け取るべき人物は、今だ邸に現れていなかった。



  今日に限った事ではないが、星矢をはじめ5人の聖闘士たちはグラード財団の要人警護に就いていた。世界でも屈指の財団である。

    総帥たる沙織はもちろんのこと、トップクラスの人物にも当然警護が必要となる。
  もちろん他に人材がない訳ではない。だが星矢たちは時間の許す限り、これに協力することにしていた。



  『お誕生日なんだから、その日くらいお休みにすればいいでしょう?』いつだったか、沙織は星矢に言ってみた。
  だが星矢は『いいよ、そんなの。別に誕生日が嬉しいって年じゃねぇし』と、まるで意に介していない様子だった。
  たぶん彼はわかっていない。彼女が、どんな思いでそれを聞いてきたのかを。
  『あいつ、にっぶいからなぁ』と言ったのは、近頃めっきり寒くなってきたのでご機嫌な氷の聖闘士。
  『許してあげてよ。沙織さんから何かもらえるなんて思った事がないんだよ、星矢は』とクスクス笑いながら言ったのは、

   いつも微笑みを絶やさない心優しい聖闘士。
  『だから手作りのプレゼントなんて渡しちゃえば、イチコロだよv』と言ったのも彼で、『あんまり焚きつけるな』と釘をさしたのは、

    その兄である炎の聖闘士。

    星矢がいない時に交わされたこの会話に苦笑いしていたのは、遠き地に愛しい人を残してきている聖闘士だった。



  日中警護の仕事で会えないならば朝出かける前に、と思っていたのだが、あいにくと今回星矢が担当したのは海外グラード支社の幹部だった。

    そのため彼は昨日のうちに日本を離れており、この時間になってもまだ戻っていない。

    彼以外は皆、邸に帰ってきていたのだが。口には出さなかったが、

    やはり今日という日を祝いたかったのでそれぞれの仕事を早々に切り上げてきたのだった。
  だが肝心の星矢だけが戻らず、賑やかになるはずだった夕食は弾まなかった。
  いつもよりさらに少食だった沙織が部屋を出た後、一同は一斉にため息をついた。


「・・・バカだな。」
  沙織の去ったドアを見つつ一輝が言えば、
「ああ、バカだ。」
「バカだよね。」
  氷河と瞬がそれに続き、紫龍はまたしても苦笑いするしかなかった。
「星矢の、ばか・・・。今日くらい家に居てくれたっていいじゃない。」
  食事の後部屋に戻り、まだ帰らぬ人を待った。玄関が開きはしないか、

    電話が鳴りはしないか・・・・・・だが何の変化もないまま時だけが過ぎていき時計は既に午後11:45になろうとしていた。
  入浴を済ませてからも随分と時間が経つ。せっかく温まっていた体もすっかり冷えてしまったが、まだベッドには入りたくない。

    今日という日がもう少し残っているから。どうしても会いたかった。
  薄いカーディガンだけを羽織った格好のままベランダへ出る。せめて、空のペガサスに会いたくて。
  ―――けれど。

 

「あ・・・そんな・・・・・・。」
  天馬星座が見えるはずの方角に、どんよりと薄黒い雲がたちこめている。月も隠されているのだろう、空全体が暗い海のようだった。
  風が吹いているので雲が流れ去るかも知れないと思い、じっと天馬星座の方向を見つめる。

    ・・・・・・だが雲はいつまでたっても途切れなかった。

「今日はもう、会えないままなの?」
  ――他の日に会っていない訳ではない。でも今日は特別だった。星矢の誕生日。
    沙織にとって今日はどうしても星矢に会わなければならない日だった。
  それなのに星矢は現れず、ペガサスさえ見えず。今日という日もあと数分。
  ずっと待ってるのに。どうしても今日、会いたいのに・・・・・・。
  空の一点を見つめ続けていた視界が、急にぼやけた。顔も体も冷たいのに、目の奥だけが熱くなる。
「・・・―――――っ!」
  泣き出しそうになり、持ったままだったプレゼントの包みをぎゅっと抱きしめて涙をこらえようとした、その時。
「あっ!」
  暗い雲の中に光の尾を引いてきらめく流れ星が見えたのと、横で『ザリッ』という音がしたのとは同時だった。
  反射的に音の方へ振り向く。沙織の所からは少し離れた、自分の部屋のベランダに着地してふぅと息をついたのは・・・・・・。


「星矢!?」
「よぅ沙織さん。ただいまー。」
  コートに突っ込んでいた片手をひょいと上げ、いつものように軽く挨拶する。
が、次の瞬間血相変えて沙織のベランダへとすっ飛んで来た。
「どうした、泣いてるのかっ!?」
  がしっと肩をつかまれ星矢に問われてやっと、沙織は自分の目から涙がこぼれたのを知った。
「せっ、せいやぁ・・・。」
  こらえていた涙が一斉に溢れだし、思わずふぇ・・・ぇと声がもれる。
「なっ、なんだ?なんだなんだなんだっ!?」
  わたわたとうろたえたのは星矢。それはそうだろう。

    泣いていたようだから理由を聞いたのに、そのとたんさらに泣き出されたのではたまらない。
  まして彼女は、彼がその全てをかけて守ると誓った相手である。昔の『憎からず思っている』程度のものでなく。
  今や、彼女は彼にとってなくてはならない、かけがえのない存在となっているのだから。
  それなのに、その彼女にいきなり目の前で泣かれて星矢は弱りきった。

    (目の前でなくても泣かれたら弱いのだが) 沙織は俯いたまま、ぽろぽろと涙を落とし続けている。

    これ以上泣かれたら自分の方がどうにかなってしまいそうで、うーっと小さく唸りながら思案にくれた。
「もう泣くなよ。・・・な?」
  横にまわり込んで、背中をポンポンと叩いてみる。だが沙織は泣き止まない。一度溢れてしまったものがそうそう簡単におさまる筈もなく。
  自分でも何とか泣き止もうとしているらしいが、しゃくりあげるばかりで涙は止まらなかった。
  唇を噛んで涙をこらえようとするその姿に、今度は星矢のほうが唇を噛みしめた。

    思わず伸ばしてしまいそうになった腕を拳を握って引き戻す。

    ・・・今ここで抱きしめてしまったら、それだけで終われる自信がない。と言うより、絶対にそれだけでは終われない。でも・・・。

    ――――――――あ、もうダメだ・・・・・・。
  思うより早く、腕が勝手に動いた。理性に止められて踏み出せなかった足の代わりに、

    両の腕がぐうっと伸びて沙織を引き寄せ自分の胸に押し当てる。
「・・・泣いてちゃわかんないぜ。一体どうしたんだよ?」
  思ったよりも落ちついた声が出た。開き直っていたのかも知れない。なるようになれ、と心の中で呟いた。
「せっ、星矢、いなくて、ペガサス、っみ、見えなくて・・・もう会えないかもって、・・・すん。だから、だから・・・」
  ・・・・・・さっぱりわからない。
「オレは、ここに居るけど?」
「ん・・・。だから・・・今日会えて、良かった。・・・・・・・・・・・・・・・
・・・あっ!」
  星矢の胸に頭をつけるようにして泣いていた沙織が、突然がばっと顔を上げた。
「どうした?」
「いっ、今、何時?」
「・・・12時ちょい前だけど?」
  腕時計を覗き込んだ星矢が、はて?という顔になる。
「良かったー。せ、星矢、あのねっ。」
「ん?」
「まだ今日だから、12月1日なのっ。」
「うん。」
「だっ、だから・・・これっ。」
  ずっと抱えていた包みを突き出してくる。
「うん?」
「お誕生日、おめでとうっ!」
「え?・・・あぁ、そうだっけ。・・・・・・サンキュ。」
  両手を突き出したまま赤くなった沙織の言葉で、今日が自分の誕生日だったことを思い出す。

     同時に、思いがけない贈り物に今度は星矢が赤くなった。
「えっ、と・・・開けていいか?」
「うんっ。」
  受け取って、照れながらたずねた星矢に沙織が満面の笑みで答える。
  泣いたり、笑ったり、コロコロ変わって今日の沙織さん何だか子供みたいだぞと思いながらそうっと包みを開くと
  出てきたのは柔らかいベージュ色をしたマフラーだった。


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by くろさま