流れ星への贈り物
「あのっ、あのね、一生懸命編んだの。あんまり、上手くできていないかも知れないけれど・・・。」
「全然そんな事ないよ。・・・すっごいなー。オレ、手編みのなんて初めてだぜ。」
両手に広げて、星矢が感激の声を上げる。丁寧に、丁寧に、しっかりと編んである。そして何より、沙織の暖かい小宇宙が伝わってくるような優しさだった。
――― そういやアテナって、機織り得意だったっけ。やっぱ沙織さんもこういうの上手いんだなぁ・・・。などど思いながら、早速首に巻いてみる。
「うわ、あーったけー。」
両手で首をぽふぽふ触りながら、星矢がはしゃぐ。何だか子供みたい、と今度は沙織が思う番だった。
「・・・気に入ってもらえた?」
「ああ、ものすごく。」
「良かった・・・・・・。」
「ありがとう。すっげぇ嬉しい。」
にっこり笑った星矢が沙織にもマフラーを巻いてやろうと腕を伸ばす。ふわりと
包んだ時、その白い首に細い
金色のチェーンを見つけた。
「それ・・・。つけてくれてるんだな。」
「星矢が私にくれたんだもの。とっても、大切にしてるのよ・・・。」
そっと胸元を押さえ、恥ずかしそうに答える。それは9月1日−沙織の誕生日に星矢が贈った可愛いペンダント
だった。財団主催の大規模なバースデーパーティーの後、こんなので悪いんだけどさ、と照れながら渡された
星矢からのプレゼント。震える手で開けてみると、虹色に輝く不思議な石の付いたペンダントが出てきた。
ありがとう、と真っ赤になっていたら小さく『好きだよ』と告げられて。・・・
・・・その時から、このペンダントは沙織の特別な宝物だった。
「オレが贈ったペンダントを沙織さんがしててさ、オレは沙織さんがくれた手編みのマフラーしてる。・・・こういうのって、何かいいよな。」
――― コイビト同士って感じで。
呟かれた言葉に、えっと顔を上げる。違うかな、と肩を落としかける星矢にぶんぶん首を振って違わない、という意思表示をした。
それを見た星矢が嬉しそうに沙織を引き寄せて二人の首をマフラーでしっかり繋ぎ、今度はためらうことなく抱きしめた。
へへへ、と笑う星矢の背に、沙織の腕がぎゅっとしがみつく。恥ずかしそうに俯いて、小さな声がその口からこぼれた。
「せ、星矢。大好き・・・。」
「オレも、大好きだよ。・・・・・・・・・愛してる。」
返す言葉と共にさらに強く抱きしめられて、沙織の心臓が思い切りとびはね出す。
腕ごしに伝わってきた沙織の鼓動に星矢がくすりと笑い、悪戯っぽく囁いた。
「もうちょっとドキドキさせちまうけど、いい?」
「え?どういうこ、と・・・・・・!!」
思わず顔を上げると既に星矢の顔が鼻先に迫っており、沙織は目を見開いた。だが次の瞬間唇から広がってきた甘い魔法は、彼女のまぶたをゆっくりと降ろさせていった。
優しく贈られた星矢の口づけをぎこちなく受け取った沙織だったが、唇が離れた後はぽうっと夢見心地になっていた。ほんの少し触れただけなのに、愛しい人の唇はこんなにも容易く自分の感情を支配してしまう・・・・・・。
だが星矢の方は、自分が触れた愛しい人の唇があまりにも冷たかった事に驚いていた。
月が雲に隠れていて今まで気付かなかったが、彼の大好きな桜色の唇が可哀想なほど青くなっている。
あわてて両手で顔に触れてみると、髪も、耳も、頬も、すっかり彼女自身の温度を失っていた。
「いつから外に出てたんだ?体、冷え切っちゃってるじゃないか。」
戸惑ったままでいる細い指先を手に取ってみると、冷たさの為にいつもよりもさらに白いように感じた。
「風邪でもひいたらどうするんだよ。・・・まったくもう。」
「だって・・・・・・。どうしても今日、渡したかったんだもの。」
今日でなければ意味がないから。一年にたった一度しかない、12月1日という今日でなければ。
しゅんと俯く姿に、星矢の胸が締め付けられる。こみ上げてきた、あまりの愛しさに。
「ごめん・・・。ありがとな。」
たまらず、引き寄せて抱きしめる。自然と、冷たくなった沙織の頬に自分の頬を押し当ててやるようにしていた。
すりすりと顔を寄せてきた沙織の頬の柔らかさと耳にかかった小さな吐息に、体の奥がカッとなる。理性が怯ん
だその一瞬の隙をついて体が勝手に動き、彼女の形良い耳朶へ吸い寄せられるように唇が近付く。
――― やばい、止めらんねぇ。そう思った時、ボーン・ボーン・ボーン・・・
と12時を打つ音が聞こえてきた。
感情のないその音に、理性が体の支配権を取り戻す。冷静な思考能力がよみがえった。
――― こんな所で何してんだよ、オレ。本当に風邪ひかせちまうじゃないか。
自分がするべきなのはこんな事じゃない。少なくとも、今は・・・。彼女を守ると決めた。何よりも自分の心に誓ったのだから。
「とりあえず、中に入らなきゃな・・・。」
「あっ・・・・・・。」
小さく声を上げた沙織をそのまま抱え上げ、部屋に入る。ベッドの上に横ひざで座らせると、ほどけたまま首にかかっていたマフラーとコートを脱いで自分は横に腰掛けた。
ベッドの上で、至近距離・・・・・・。先程までの事もあったからこれから起こるかも知れない事を予想してしまった
のだろう、身体を硬く強張らせた沙織を怖がらせないようそっと肩を抱き寄せて、少しだけ小宇宙を発動させる。
ポウッ、と淡い光が二人を包んだ。
冷え切った沙織の体に星矢の小宇宙が優しく満ちていく。体温を失ってしまった自分に星矢が新しい熱を与えてくれているのだという事に気付いて、沙織は静かに目を閉じその肩に頭を預けた。
「・・・あったかいか?」
星矢の問いに小さくこくん、と頷く。
「・・・でも星矢、あの・・・。」
「ん?」
少し擦り寄って星矢の体におずおずと手を回し、遠慮がちに寄り添ってくる。
「あの、ね。この方が温かい、から・・・。」
「・・・そうか。」
小さく頷いて、真っ赤になってしまっている沙織をぎゅうっと抱きしめてやる。
強く、強く、優しく・・・。
彼女を包む腕から、胸から、頬から・・・自分の体で沙織を温めてやれるように。自分の体で沙織を守ってやれるように。今この時も、これから先も、ずっと・・・・・・。
「しばらく・・・このままで、い・・・て・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。それって、これ以上はおあずけってこと?」
甘えるような声を出してきた沙織に、少し誘いをかけてみようかなと耳元で囁いてみた。のだが・・・・・・。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・。沙織さん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・?」
すぅ・・・すぅ・・・・・・小さな寝息が聞こえてくる。
「・・・ひょっとして、お約束?」
・・・じっと覗き込んでみても、たちの悪い冗談などではないようで腕の中の眠り姫はもはや目覚める気配もなく。
「がおー、襲っちまうぞー。」
半分ヤケになった(もう半分は本気の)爆弾発言にも、くすぐったそうにうぅ・・・ん、とほんの少し身じろぎしただけで。
その仕草ひとつさえ、彼女の最大なる守護者・今彼女を包んでいる腕の主を深刻な自制の危機におとしめる
には充分すぎる事などさらりとこぼれた美しい髪のひと筋ほども知らぬまま。
・・・・・・かくて夜は、眠りの為のものとなる。
「この状態で手を出すなって言うのかよ。ある意味拷問だぜ・・・。」
ベッドの上・パジャマ・腕の中の無防備な寝顔・・・。男を変身させるには完璧すぎる条件が揃っている。しかし彼は、守護者たり続けんと誓うが故に本能のままその身を委ねる訳にもゆかず。
「そりゃないぜ。ひどすぎるよ、ハニー。」
一人おどけて、苦笑いするしかなかった。
「オレ、もう泣きそう・・・。」
あきらめきれずに再び暴れようとする本能を理性で無理矢理おさえつけ、(当人は知らないが)からくも生け贄をまぬがれた眠り姫をそっとベッドに横たわらせる。
「ふふ、星矢ったら・・・。」
桜色を取り戻した麗しい唇に名を呼ばれてぎくりとする。・・・どうやら愛しきこの人は、夢の中でも自分に会ってくれているらしい。
ため息をひとつついて静かにシーツをかけてやり、今やすっかり夢の住人であろう微笑むその寝顔を見つめる。
罪なきその笑顔が、罪。
「これくらいは、ゆるしてくれよな・・・。」
かがみこんで、額へ優しく口づける。彼女が知らぬ間にする事には少しばかり気が咎めたが、自分への仕打ちを考えればほんの微々たるもの。
「しかたない。今夜はこれに繋がれておとなしく帰るとしますか。」
マフラーを取り上げて首に巻きつける。今夜はこの柔らかな鎖が、暴れ足りなかった自分の本能を縛りとめてくれるだろう。
彼女が羽織っていたカーディガンをシーツの上からかけてやり、一瞬考えた後で自分のコートもその上にかけてやる。
「オレがここに居たって事まで夢にされたんじゃかなわないもんな。」
この次同じような場面を迎えた時には、今夜よりももう少し進歩したいと祈りつつ。愛しき女神のもとへ舞い降りた流れ星はひとり呟いた。
「おやすみ。いい夢見てくれよ?」
・・・・・・この上なく幸せな夢を見る眠り姫とはうらはらに、彼女の守護者たる流れ星は眠れぬ夜を迎える事となった。自らの意志とはいえ狼になりそこね、鳴いていたのか、泣いていたのか。
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―――― 星のひとりごと ――――
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――― はてさて、切ない夜の流れ星。マフラー巻いて、打ちひしがれてます(笑)
「オレって・・・ほんと、バカ?」 がっくう。
――― やはり、後悔しているようです。(健全な男子ですものね)
「・・・・・・おっ?そうだッ!!」 ぽんっ☆
――― 何やらひらめいた様子。
「オレも夢ん中で沙織さんに会えばいいんじゃん。」
――― 成る程。建設的と言えば建設的な御意見で。
「夢ん中なら何やってもいいよなっ。オレの夢なんだし♪」
――― ・・・さいですか。
「よーっし、待ってろよ沙織さーん。今すぐ行くぜッ」 ばたん。・・・ぐーぅ。
――― 張り切って眠ったようです。(変な表現ですが)・・・枕元にはしっか
りとマフラーが置かれていますね。
「ん、ん・・・・・・沙織さん・・・・・・。」
――― どうやら、首尾よく彼女に出会えたようです。・・・彼と彼女が実は同じ夢を見ているという事は、秘密にしておきましょう。私しか知らない事です。
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雲が晴れた夜空で、天馬星座がウィンクするようにきらりと光りましたとさ。
END
by くろさま