百万本の花とためいきに
グラード財団は、いわゆるグラード・グループから独立させた、一財団である。
グループが共同で出資をし、様々に研究をさせ、その特許を保持していくのが主な仕事だった。つまり、城戸沙織はグループから雇われた身だともいえる。それにも関わらず、グループは沙織に追従していた。
財閥が廃止された日本において、グループにおける権限はなにもないものの、未来が見えているのではないか、と噂されるほどの慧眼は、どんな海千山千の代表にも勝って、常にグループを導くのだった。
光政の時代はその強烈なカリスマで、沙織の時代は天才的施策で、グループのトップでありつづけた。
彼女を手に入れれば、グループも手に入れられる。世界が黙って放っておくはずもない。
9月1日はグラード財団総帥、城戸沙織の誕生日である。
そしてそれは、今日のこと。城戸邸はすでに花で埋もれていた。
はあ、と沙織は執務室でため息をついていた。その部屋もちょっとした花屋より、花に埋もれている。
バースディを祝う祝辞の類も、あらゆる通信手段で城戸邸にとどいている。
財団内部でのバースディ・プレゼントは自粛規制をしているが、自粛、であるので、やはり山ほどのプレゼントが届けられるのだった。
内部の者でさえこうなのだから、外部ともなると、桁外れのプレゼントが届き、断るのに一苦労させられることもしばしばだ。
「疲れましたか?」
「疲れたわ。年々エスカレートしてきているわ。」
早朝の定例会議で都心に出かける時にも、パパラッチの数は通常の倍だったし、着いた先の会議でも、大げさなケーキとレセプションが用意されていた。
そこまでは予想の範囲だったとも言えるが、突然の訪問客が列をなし、あとを絶たないので、清掃員の格好をして、やっとビルを後にしたのだった。
苦労してこっそり城戸邸に戻ってきたときも、正面門、裏門ともにアポのない訪問者がうろうろしているのだった。
以前、殺生谷の別荘に身を潜めたように、今回もどこかに逃げ出せばよかったと、少し後悔した沙織だった。
「一部の関係者にはよく言い含めてきているけど、結局は向こうをこっそり抜けた形になっているから、対応窓口には大変な思いをさせてしまったわ。」
「プレゼンター一覧はごらんになりましたか?」
「いいえ、まだよ。」
「こちらが現在のところのリストです。」
「・・・受け取れないものも、あるわね。ふー・・・これも仕事のうちと思うより、しかたないわね。」
「内部のものからは、受け取り不可にしておきましたが、花だけは許可しました。」
「そう。だからこんなにお花がいっぱいなのね。申し訳ないことだわ。」
「去年、庭師の林さんから花をお受け取りなされたのが、どう間違って伝わったのかわかりませんが、財団内部に変に知れ渡ってしまったのでしょう。それゆえ強固に断りきれませんでしたが、来年は一切を受け取り拒否にしたほうがよろしいですね。」
「ええ。そのほうが、皆にも迷惑をかけないでしょう。」
「かしこまりました。・・・なにかお茶でもお持ちしましょうか?」
「ええ。お願い。・・・辰巳、ありがとう。」
「は。」
「今日はこんなことばっかりで、仕事にならないわ。」
仕事にならない分、仕事は遅くまで続けられた。
いい加減、花の香りで頭がくらくらする。
仮眠をとるつもりで、長椅子に横になった。
一時間も横になっていないが、ふと違和感を覚えて、沙織は目覚めた。
「よう。起こしちまったか?」
「・・・星矢。」
長いすの肘掛のところに腰をかけて、沙織を見下ろしていた。
「声をかけてくれたら、いいのに。いつからいたの?」
「いや、今さっきさ。」
「まったく気がつかなかったわ。」
「一応聖闘士だからな。」
「そうだったわね。」
星矢は自由に城戸邸を出入りできる。それは聖闘士だからというわけではなく、グラード財団の関係者、ということで、許可書をとりつけてあった。
麻森博士の研究の実験協力者という名目になっている。他の青銅聖闘士にしても、同じようにいろんな名目で許可書を発行されており、中には財団の一員となっている者もいた。
星矢の名目上、実験室に通って、翔たちの相手をしたり、試作品を試したりだとかが仕事だった。今も、麻森博士のところの仕事が終わった帰りにちがいなかった。
「すげーな、この部屋。花だらけ。全部プレゼントなんだろ?」
「・・・きれいよね。みんなの気持ちが嬉しいわ。」
「ロビーもみたけど、市場かと思うくらいだぜ?」
「そう。ロビーはまだ見てないのよ。今日は、できるだけ人と会わないようにしていたから。」
「さすが『グラード財団城戸沙織総帥』だな。」
「・・・星矢はところで、どうしたの?何か、御用?」
「別に。」
「そう・・・。」
星矢のそっけなさに悲しくなったが、ふと沙織は思いいたった。
「ただ会いに、きてくれたの?・・・ありがとう。」
「・・・別に。」
そっぽを向いた星矢の耳は赤くて、沙織は心にほっと灯火がともるのを感じた。
『さすが、グラード財団〜うんぬん』と言われ、突き放されたように感じ、『何の用?』と返してしまったが、『別に用は何もない』のに、星矢はやってきたのだった。
後ろから、星矢にそっと抱きついた。
「沙織さん、誕生日、おめでとう。」
「・・・嬉しい。」
「・・・あんまりプレゼントの量がすごいんで、気後れしたんだ。カッコ悪いな。」
「大好きよ。」
「・・・・ごめん。なによりも一番に言うべきだったのに。」
星矢は沙織の腕を掴み、沙織をしっかと抱きしめた。
「心から、大好きだ。」
と、沙織は一番嬉しいものを、ささやかれたのだった。
和良井 えみ
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