<カジュアル・デー>


日曜日の渋谷駅ハチ公前。
沙織は心細そうに辺りを見回した。やっとの思いで辿り着いた渋谷駅は若者で大変な混雑ぶりであった。
電車に乗って出かけるなんてことは滅多になかったし、ましてや1人で渋谷に来たこともなかった。しかもハチ公前で待ち合わせなんて。
あちこちで、鳴り響く携帯電話の着信音。携帯電話の画面を熱心に覗き込み、メールを送信している女の子たち。
「お待たせ。」
「遅いよぉ。」
「ごめ〜ん、遅れちゃった。待った?」
「うんん。大丈夫。」
と言いながら方々に散っていく男女を横目に見ながら、沙織は、人でいっぱいのハチ公の銅像により近い場所に何とか寄ろうとした。
ハチ公の銅像のすぐ近くにいれば見つけてもらえると思って。ハチ公の銅像から少しでも離れていたら会えないような気がして。
今日は普通の女の子と同じようにデートをしたいと星矢に伝えたために待ち合わせをすることになったのだ。

「沙織さ〜ん。」
耳慣れた、でも待っていた声。思わずこぼれる笑みをなんとか押さえようとして、今日はその必要がないことを思い出し、沙織は声の方向に少し紅潮した顔を向けた。
人混みの向こうで手を振っているグレーのパーカーにブルージーンズ姿の星矢がなんだか眩しい。
「待った?」
「うんん。そんなに・・・。でもすごい人で会えないかと思ったわ。」
「沙織さん、遠くからでもすぐに分ったよ。ナンパされなかった?」
「ナンパ?」
「知らない男性に、どこか行きませんか?と誘われなかった?」
「いいえ。」
「良かった。じゃ、とりあえず、どっか行こうか。」
星矢は無邪気な明るい笑顔を沙織に向け、沙織を人混みから連れ出した。
「どこか寄りたい所ある?それとも映画でも見に行く?」
寄りたい所と言われても、どこに行けばいいのか全然分らない。映画と言われても何の映画をやっているのか分らないし・・・。
「星矢にお任せするわ。」
「う〜ん・・・。女の子の行きたいお店って、俺よく分らないから、まず映画でも見に行くか。」
沙織はこくんと首を縦にふり、星矢の後をついて行った。

「アクション、ラブストーリー、ホラー、どんなジャンルが好き?」
「えっ・・・何でも・・・星矢が見たいのでいいわ。」
「今日の沙織さんは随分優柔不断だなあ・・・。いつもはテキパキと俺たちに指示するのに。ホラーでもいいの?」
「いいわ。」
「って、言われても、まさか沙織お嬢さんをホラー映画に連れて行くわけに行かないしなあ。あっ、この映画、今日から封切りなんだ。じゃあ、この映画にしようか。アクションものだけどいい?」
「ええ。」
沙織は短く答えた。

「ひぇ〜。さすが封切りだけあって、すごい行列だなあ・・・。」
「この方たちって、この映画を見るために並んでいるの?」
「ああ。沙織さん、映画を見るために並ぶなんてこと初めてだろう?」
「ええ。」
「散々並んで、映画を見る頃にはヘトヘトになってしまうんだぜ。」
「まあ。」
「いいよ。俺、ここで並んでいるから、向こうの喫茶店で休んでいてよ。1時間くらいしたら様子見に来てくれないか?」
「うんん。私も星矢と一緒に並ぶわ。」
「疲れてしまうぜ。」
「大丈夫よ。戦いの時は、1日、立ちっぱなしなんだから。」
沙織はくすっと笑った。

「はい、ポップコーンとジュース。」
1時間半並んでようやく座った映画館の座席。やっと座れたかと思った瞬間、ちょっと待っていてと言って沙織を残して出て行った星矢は4つの容器を両手に抱えて戻ってきた。
「やっぱり、映画にはポップコーンだよね。」
星矢は、ちょっと焦げ目のついた白いものを鷲掴みにし、それを口に運ぶ。
沙織も試しに1つ掴んで口に入れてみた。手触りは発砲質ロールのような感触で、ちょっと塩味がし、噛むとキュッと音がした。
「面白い食べ物ね。」
「もしかして、初めて?」
「ええ。」
「ポップコーンといって、本来は、ともろこしの実を煎って作るんだ。映画館ではたいてい売っているよ。」
「そうなの?」
「もしかして、炭酸も初めてかなあ?」
星矢はジュースの入った容器を指差した。
「ええ、でも試してみるわ。」
沙織はジュースを一口飲んでみた。ちょっと甘いと思った瞬間、ジュワーッと小さな泡が口の中に広がった。スパークリングワインみたいだと沙織は思った。

映画は、FBIの捜査官が、連続殺人事件の犯人と死闘を演じるアクションストーリーで、沙織が大好きなジャンルではなかったが、目を輝かせながら見ている星矢の表情を時々、垣間見ながら、普通の女の子と同様のデートをしていることの幸せを沙織は感じた。

「お昼にしようか。」
映画館を出た後、星矢が指をさしたのは、マクドナルド。
確か、ハンバーガーショップよね?
車の窓から、大きなMの字は見たことはあるが、実際に入るのは初めてだった。
「いらっしゃいませ〜。」
店内は、駅前同様、若者で溢れていた。
「沙織さん、何にする?俺、買っておくから、席、取っておいてよ。どこでもいいけど3階が禁煙席だから、そこにしようか。」
「え、ええ。」
席を取るってどうやったら良いの?とりあえず、3階に行ってみれば分るかしら?
沙織は階段の方に向かおうとした。
「あっ、沙織さん、何がいい?」
何がいい?と言われても、何があるの?
「何でもいいわ。」
「飲み物は?」
「じゃあ、アイスティーで。」
「分った。じゃあ、また後で。」
星矢はレジの方に向かった。沙織は狭い階段を3階まで上った。

「あのう・・・席は?」
トレーを片付けていた店員らしき人に声をかけてみる。
「すみません。ただいま大変混雑しておりまして・・・。」
「いえ、席を取るってどうやったら・・・。」
ビックリしたような表情で店員は沙織を見た。
えっ、私、何かまずいことを言ったかしら?
「空いているお席にお座りください。」
あ、そうなの?
見ていると、みんな空いている席にバサッと荷物を置いて再び下に降りていっている。
席を取るって、そういう意味だったのね。
沙織も真似をして二人席に荷物を置き、その片方に座った。

「お待たせ〜。沙織さん、何でもいいって言ったから勝手に選んじゃったよ。オーソドックスにチーズバーガーにフライドポテトとアイスティー。」
「ありがとう。星矢は何にしたの?」
「俺のは照り焼きバーガーにポテトにコーラ。」
「ところで、これってこのまま食べるのかしら?」
「えっ、このままって?」
「えっと、ナイフとかフォークってないの?」
「沙織さん、ハンバーガー食べるのも初めて?」
「ええ、初めてよ。」
「そっかあ。じゃあ、星矢先生が正しいハンバーガーの食べ方を教えてあげよう。まず、この包み紙を取ります。このようにしてね。全部外さないで半分くらい残したままの方が持ちやすいですね。そして、そのまま一口でがぶっ・・・とこのように食べます。まあ・・・サンドウィッチを食べていると思えば同じだよな・・・。」
星矢は口をもごもごさせながら言う。
「こうやって、外して、このまま?」
「そう、そのまま食べる。」
沙織は頑張って口を大きく開けてパンをかじってみた。
「お嬢様、お味の方はいかがですか?」
ちょっと待ってねと口元を押さえ、口の中のものを飲み込んでから
「美味しいわ。」
と沙織は言った。
「ハンバーガー、食べるの夢だったのよ。」
「じゃあ、これも試してみる?」
星矢は自分が食べていた照り焼きバーガーを差し出した。
「えっ?」
沙織は赤くなった。
「反対側、手をつけていないから大丈夫だよ。」
「で、でも・・・。」
「やっぱりそういうのはできない?」
「・・・星矢、私のチーズバーガーも食べてみる?」
「俺、しょっちゅう食べているから知っているけど、じゃあ、交換。」
2人は持っていたハンバーガーを交換した。
(END)

このあとは、皆様のご想像にお任せ!by綾乃川




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