<Chinese girl>
横浜に向かう電車の中。 「じゃあ、今日はまず桜木町の駅に着いたら、ランドマークタワーに上って横浜の街を見渡し、それからクィーンズスクウェアで買い物とお茶、それから中華街に行った後、山下公園にでも行きましょうか。」 「盛りだくさんの内容ね。横浜にはよく来るの?」 「いえ、今日が初めてですよ。」 紫龍はかばんの中からガイドブックを取り出し、沙織に渡した。マーカーの印やら付箋がたくさん貼られたガイドブックであった。「まあ、こんなに下調べを?」 「星矢から借りたんだけど、新しく買って返さないといけないなあ。」 紫龍は笑った。 様々な生活の匂いがする。 店頭で蒸かしている中華饅頭、白檀の香り・・・。 ランドマークタワー、クィーンズスクウェアの後に来た横浜中華街。 店頭にいるおばさんが中国語で紫龍に話しかける。 「今は、日本に住んでいるけど、ちょっと前までは五老峰にいたんです。」 と紫龍は日本語で答える。どうやらどこから来たのか?と聞いていたらしい。 「五老峰・・・。遠いところにいたんだねぇ・・・。」 今度は、おばさんも日本語で話す。 「ところで、隣にいる美人は彼女かい?ちょうどあなたにピッタリのチャイナドレスが入ったんだけどちょっと着てみない?」 おばさんは、沙織の腕を軽くぽんとたたいて店内を指差した。 「あなた、日本人でしょ?チャイナドレス、着たことある?」 「いいえ。」 「じゃあ、いい機会じゃない?」 「ええ、でも・・・。」 と言いながらも沙織は店内に引っ張られていった。 店内は、赤、青、緑・・・と様々な色と柄のチャイナドレスが所狭しとハンガーにかけられている。 「これこれ、これ、あなたにピッタリよ。」 とおばさんが奥から持ってきたのは、白地に小花が刺繍してあるドレス。なかなか上品な色と柄だ。 促されるままに沙織は袖を通した。 「ほらほら、彼、彼女を見てあげて。別人みたいでしょ?」 沙織は、普段から白のドレスを好んで着ていたが、このチャイナドレスも可愛らしく、しかも上品に決まっている。 「沙織さん、似合う・・・。」 あまり女性のファッションについてはとやかく言いそうもない紫龍も目を細める。 「これ着ていきなさい。着てきた洋服は紙袋に入れてあげるから。」 「えっ・・・でも・・・。」 「ここで着る分には目立たないでしょ?せっかく似合っているんだから着なきゃ損だよ。また、彼と中華街に来る時は着てきなさい。」 「また、彼と中華街に来る時か・・・。いつでしょうね。」 紫龍がぼそっと呟いた。 「また、近いうちに連れてきてね。おばさんに言われたように、これを着て来るわ。」 今日一日だけの中国娘はにっこりと微笑んだ。 (END)
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