<朝帰り>
「邪武、降りなくていいの。」というお嬢様の声で俺は目が覚めた。 不覚にも電車の中で眠ってしまったらしい。 「す、すみません。俺、眠ってしまったようで。」 そう言いながら窓の外を見る。 ん?ここ、東京駅か?なんか寂しい駅の気がするのだが。館山?ええっっ?何で俺たち、こんなところにいるんだよ!!これは、東京とは正反対じゃないかっ!確かに俺たちは東京方面の電車に乗ったはずなんだが。 「館山。館山。なお、上り方面の電車は終了いたしております。」 ええっっ?俺は慌てて時計を見た。午前0時50分。何っ?舞浜を出たのは確か9時30分だった。ということは、東京駅に着いてまた戻り、さらにその先まで乗ってしまったのか?それにしても、京葉線の終点じゃなくて、なんで内房線の終点の駅にいるんだよ? 「邪武?どうかしたの?」 沙織さんが、怪訝そうな顔で俺の顔を覗き込む。 「す、すみません。電車を乗り過ごしてしまいました。」 「あら、そうだったの?じゃあ、戻りましょう。」 「いえ、それがもう終電が終わってしまって。とりあえず、ここで降りてタクシーを拾いましょう。」 一気に覚めた眠気と吹き飛んだ幸せな気分の中、俺は自己嫌悪の念にかられながら駅の階段を下りる。 「あのう、お嬢様、明日、何か重要なご予定が入っていますか?」 「どこかに連れて行ってくれるの?」 「あの、ディズニーランドには誰かともう行かれました・・・よね?」 「いいえ、行っていないわ。きっと6人のうち、誰かが連れて行ってくれると思っていたけど、氷河、星矢、紫龍、一輝は違うところだったわ。」 「では、ディズニーランドでも宜しいでしょうか?」 「嬉しい!!とても嬉しいわ。私、ずっとずっと行ってみたかったのよ。」 本当に嬉しそうなお嬢様の反応に、冷静さを保とうと思いつつも心の中で万歳をしていたのは昨日の夜のこと。 アトラクションも昼食も夕食もパレード見学もおおむね順調だった今日。 パレードで登場する白雪姫やシンデレラ、眠れる森の美女よりもずっとずっと沙織お嬢様の方が美しいと思いながら、俺自身も楽しんだ。 なのに、なのに・・・くそ〜俺としたことが・・・。 とりあえず、駅を出たものの、タクシーは一台も止まっていない。何ていう駅だ。 タクシーを呼ぼうと携帯電話を取り出した時、逆に携帯の方が着信した。 「もしもし、邪武?」 瞬の声だ。 「今、どこにいるの?」 「館山駅。」 「はっ?」 しばしの沈黙。 「・・・邪武。ディズニーランドに行ったんじゃなかったの?」 気を取り直したように瞬が言う。 「ディズニーランドには行ったよ。」 「じゃあ、何でそんな房総半島の突端にいるの?」 「さあ・・・?電車を乗り過ごして気が付いたらここだったんだ。」 再び沈黙。 「・・・う〜ん・・・臨時列車で内房線に繋がるのに乗っちゃったのかもね。で、どうするの?」 「タクシーで帰ろうかと・・・。」 「タクシー?館山から?相当、時間もお金もかかるよ。でも、それしかないか。お金の方は、経費で落としてくれるかもね。」 「ああ、じゃあ、また後でな。」 と言って電話を切ろうとした時、 「ちょっと待って、邪武。東京湾横断道路、事故で通行止めだって。国道16号線も、道路工事のために朝8:00まで通行止めだって。」 「なんだって!!」 「つまり、一番早く帰る方法としては、明日の始発電車で帰ることみたいだよ。」 「んなバカな・・・。お嬢さんを駅で野宿させるのかよ?」 「う〜ん・・・近くに泊まる所ない?」 瞬に言われて俺は辺りを見渡した。が、そんな気の利いたホテルは見当たらない。 「ここ、なんにもないんだよ。」 「なんにも?・・・例えば、派手なネオンのホテルも?」 受話器の向こうからは予想もしていなかった言葉が返ってきた。 「・・・瞬、おまえ・・・。」 「だって、駅に野宿するよりはマシでしょう?」 平然と瞬が言う。 「あのなあ、だからって、だからって、俺と沙織さんがンブホに泊まるなんて。」 真っ赤になって俺は叫んだ。ラブホという言葉だけはほとんど飲み込むような小さな声になりながら。 「決めるのは、邪武だよ。でも、沙織さん、1日遊んで疲れているんじゃない?」 瞬の言葉を聞いて振り向くと、壁に寄りかかりながらうつらうつらしている沙織お嬢様が目に入った。 「分かった。」 短く答え、俺は電話を切った。俺は辺りをもう一度見回した。確かに、こんな場所で客がいるのかと首を傾げるが、そういう手のホテルはちゃんと存在している。 「お嬢様、始発の電車が動き出すほんの数時間だけ我慢してください。」 いかにも、というくらい品のない外装をした『Hotelどりーむ』に俺は沙織さんを連れて行った。 沙織さんは何のことだかよく分からないらしく、きょとんとしている。だが、 「こんなホテルに泊まるのは初めてよ。」 と言っただけで、部屋に入るとよほど疲れていたのか、そのままベッドの上に倒れるようにして眠ってしまった。 「よっ、朝帰り。」 翌日、沙織お嬢様を城戸邸に送り届け、出ようとしたところに、ちょうどやって来た星矢たち5人と鉢合わせになった。 「だからあ・・・。」 「お嬢さんとの一夜はどうだった?おっ、寝不足顔だな。」 にやっと笑って氷河が俺の顔を覗き込む。 「瞬、ちゃんと説明したのかよ。」 恨めしげな目を瞬に向けると、瞬は半ば困惑したような表情をしていた。 「僕はね、昨日のことはみんなに言っていなかったんだよ。だけど、これに載っちゃったから・・・。」 瞬が差し出したスポーツ新聞には、でかでかと 『グラード財団の総帥、城戸沙織嬢、東京近郊のラブホテルで熱い夜!?』 という見出し。 「んなアホな!!ホテルに泊まったことは確かだけど、お嬢様は部屋に入り、ベッドに横になった瞬間スヤスヤ。俺は、一晩中、ドアに向かって座りつづけてきたんだっっ!」 「まあ、邪武、そう熱くなるなよ。そりゃ、ストレスが溜まっているのは分かるけど。」 「違う!!」 俺は肩にかけた星矢の手を払いのけた。くそう、どいつもこいつも。 「邪武、怒る前にその新聞記事を最後まで読んでみろ。」 と紫龍。 「こんなもの読む気しねえ!」 俺は地面に記事を叩きつけた。 「いいからとにかく読め。」 再び渡された記事をしぶしぶ読んでみる。 『グラード財団の総帥、城戸沙織嬢、東京近郊のラブホテルで熱い夜!?』 −9月14日、深夜、グラード財団の総帥、城戸沙織嬢が、千葉県T市T駅近くにあるラブホテルに男と入るのが目撃された。目撃者の話によれば、男は沙織嬢を優しく抱くようにしてホテルに入って行ったという。その後、沙織嬢と男は、朝5:30頃ホテルを出て、始発電車でT駅を発った。東京で会うのは人目につくために、このような近郊のホテルを選んだのだろうか?− 「な、な・・・。」 俺は、頭の中に血が上がり、新聞を握るこぶしが震えるのを感じた。 「その先も読んでおいた方がいいぞ。」 と一輝。 「うるさいっ!」 と言いながらも俺はその先を読んだ。 −しかし、当社で城戸邸に確認を入れたところ、事の真相は、以下の通りだったことが判明した。沙織嬢は、14日、気晴らしにとディズニーランドにボディーガードを伴って出かけたが、帰宅時、ボディーガードの手違いで下りの臨時列車に乗ってしまった上に上りの最終電車に乗り遅れ、しかも、東京へ向かう東京湾横断道路と国道16号線が通行止めになってしまっていたために、帰る手段を失い、仕方なく、近くのラブホテルに宿泊するはめになってしまったらしい。沙織嬢にとっては、全く災難な日であった。− 「この文を入れてもらうの、結構大変だったんだぞ。」 憮然とした一輝の声に振り返ると、みんな一様に頷いていた。 とその時、 「昨日のホテルって、ラブホテルだったの?」 階段のところに沙織お嬢様が立っていた。 「お、お嬢様!!・・・す、すみません。」 俺は慌てて謝る。お嬢様がどんな表情をしているのかまともに見られない。 だが、俺の予想に反して、軽やかなお嬢様の笑い声が聞こえてきた。 「うふふふ・・・。じゃあ、既成事実ができちゃったのね。」 「えっ?お嬢様?」 「沙織さん?」 俺はもちろんのこと、意外なお嬢様の発言にその場にいた一同が仰天する中、お嬢様は白いドレスの裾を翻し、軽やかな足取りで屋敷に戻って行ってしまった。 (END) 邪武が入るとついついチャチャを入れたくなってしまうんです(笑)。最後の数行は、蛇足なのですが、この章だけ沙織さんの気持ちがどこにも表現されていなかったので、付け足してみました。沙織さんの言葉の真意は何なのでしょうね? (注意書き&お詫び) ・電車の時刻、所要時間、臨時列車等については全て私の方で勝手に作ってありますので、実際とは全く異なります。 ・今回、ストーリーの構成上、館山駅周辺を歪曲して表現してしまいましたが、館山市に縁のある方々の名誉のために申し上げますと、私自身も幼い頃、館山市に在住したことがありますが、ちゃんと気の利いたホテルは存在しております。表現ぶりには気をつけたつもりですが、それでも、不愉快に感じられた方がいらっしゃいましたら、お詫び申し上げます。ところで、余談ですが、館山と言えば、房洋堂の「花菜っ娘」が私の一押しの銘菓です。千葉県の方でも知らない方が多いのですが、ホント、美味しいです。by綾乃川 |