夢を見た。
夢の中で、星矢は霧の中を歩いていた。
(星矢……星矢……)
「沙織さん?どこだ?」
(今までありがとう……)
何を言っているんだ、そう思い走り出す。
(私はもうこの地上にはいられない……私の役目はもう終わり)
「沙織さん!!待てよ!!」
必死に呼びかけた。
「それじゃ、沙織さんはいったい何のために生まれてきたんだ!!」
気づくと目の前に彼女がいて、微笑んでいた。涙に濡れた瞳で淋しげに。
(星矢、ありがとう……)
「いやだ……!!」
彼女の体が、淡くゆらいでいった。
「沙織さん……沙織さぁん……」
自分の声と、頬をぬらす涙で目が覚めた。
「あ……夢?」
安堵する間もなく、すぐに沙織の小宇宙を探った。
彼女が部屋にいるのを感じ、大きく息をついた。
沙織がいなくなってしまうと思っただけで、背筋がすっと冷たくなる。
かつて、彼女を死なせてしまったと思ったときのあの感覚がよみがえり、胸が苦しくなる。
「……!!」
その瞬間、星矢はかすかな流れを感じた。
それは本当にかすかなもので、普段なら気にもとめなかったかもしれない。
しかし今はっきりと、沙織の星が少しずつ流れ落ちていることを感じた。
(あ……眠っていたのね)
真夜中に目を覚まし、沙織は自分が窓辺で眠ってしまっていたことに気づいた。
星矢の夢を、見ていた気がした。
微苦笑した、そのとき。
「沙織さんっ!!」
星矢が飛び込んできた。
「……星矢!?」
星矢は、沙織の体からこぼれ落ちる金色の砂をはっきりと見た。
それの意味することを直感する。自分が感じ続けていた不安が、今はっきりと形になっていた。
「!!!!!!」
星矢は、沙織の肩を押さえた。
「行くな……!」
そう叫んでいた。
沙織を押さえる手に必死に力をこめる。
それなのに……この頼りなさは何なのだろう。
金色の光がこの手をすり抜けて、今にもかき消えてしまいそうだった。
こんなに温かいのに……
それは人の温もりではなく、もっと遠いところにいる存在に思えた。
「行くな、行くなよ、ずっと、ここにいろよ……」
たとえ二度と会えなくなったとしても。
同じこの世で幸せに暮らしていてくれるなら、それでいい。
しかしこんな、何も望まないまま、これで満足だと言いたげに消えてしまうのは、耐えられなかった。
わがままでも何でもいいから、もう自分のために生きていいんだと叫びたかった。
それでも、もはやそんなことを望もうとしない沙織が、切なかった。
「沙織さん……」
星矢の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
星矢に痛いくらいに肩をつかまれ、叫ばれて。
沙織は、自分の心の奥に沈めていたものが、再びあふれようとしているのを感じた。
(どうして……?)
「ごめんなさい、星矢……」
「謝るな!」
星矢は激昂した。
「謝るくらいなら、ここにいろよ……」
(ああ、星矢……)
胸の奥から、どろりとしたものがあふれる。
「ここに……俺と、俺達と一緒に……」
駄目なのに、このままでは私は……
沙織の視界が真っ赤に染まってゆく。
胸に渦巻く炎に必死に抗うように、沙織は金色の粒子になって消えようとした。
それに気づいた星矢は、沙織を抱きしめた。
(あっ!!)
「沙織さん……沙織さん……」
「星矢、私を呼ばないで……」
あなたは知らない。あなたに呼ばれるたびに、私は……
「い…や……」
自分の中でくすぶり続けていた火が燃え上がり、自分で抑えきれなくなる。
星矢を殺すのは、私……胸の炎が、星矢を燃やし尽くしてしまう。
抱きしめてくる星矢の手が熱かった。いや、熱いのは自分なのか、自分の火が燃えうつっているのか。
自分にはもう止められない。怖ろしいほどの炎が一気に天を焦がす。
「いや…いや……いやぁぁぁっ!!!!」
叫びとともに、沙織の小宇宙は爆発した。
あなたは知らない。
私のこの胸の星すべて。赤く燃え尽きて死ぬほど、あなたが好き……
…………
……………………何か、聞こえる。
これは……星矢の心臓の音……?
沙織はゆっくりと、目を開いた。
「星矢?」
星矢が、自分を抱きしめている。
周りを見渡すと、部屋の中の物が倒れていた。
もう一度、星矢を見る。
服はぼろぼろになりながらも、傷ひとつなく、自分に笑いかけていた。
星矢の小宇宙が自分を包み込んでいるのを感じる。
(あ……)
星矢は今の爆発を、自分の小宇宙で抑えてくれたのだ。
本来なら、女神である沙織の小宇宙の爆発はもっと凄まじいものであるはずだった。
(星矢……)
燃え尽きようとしていた自分を、星矢は自らの小宇宙を燃やし救ってくれた。
星矢の小宇宙は白く、熱かった。
赤く燃えた沙織の小宇宙よりも、遙かに熱く……
決して沙織に燃やされ尽くされることはないと告げていた。
そして今、大きく広がった星矢の小宇宙は……
「ありがとう、星矢……」
星矢の小宇宙は大きく大きく広がり……こぼれ落ちた沙織の星々を拾い集めていた。
金色の流砂が沙織の周りをくるくるとまわり、再び沙織に流れ込む。
その中には、星矢自身の星も含まれていた。
二人の小宇宙が、少し溶けあい、混じり合う。
「沙織さん」
星矢は真っ直ぐに、沙織を見つめた。
「俺は、沙織さんにここにいて欲しい」
そういいながら、沙織を抱きしめる腕に力をこめた。
「星矢……」
沙織の存在は完全に安定したわけではない。
それでも、沙織自身が望む限り、星矢が支える限り。
沙織はこの地上に、まだ居続けられる。
星矢は沙織の中に潜んでいた炎をすべて受け止めた。
だからこれから先、沙織が星矢といたとしても、きっと彼は大丈夫……
そう信じあえるのが、嬉しかった。
「私、私も……」
初めて、その望みを告げる。
「星矢にそばに、いてほしい……」
星矢の背にそっと腕をまわす。
遠い昔、出会ってからずっと求めてきた想いが満たされてゆく。
二人はそれからずっと長い間、そうしていた。
END
by CottonLeafさま