My fate is your thing.
沙織はそれから2、3日高熱を出して再び寝こんでしまった。
熱が出て気だるいのはどうしようもなかったが、
沙織はほんの少しの間でもはじめて他人に自分を出すことが出来たと、
この熱の原因について嫌悪感を抱いていなかった。
沙織はまた雪が降らないかと毎日毎日天気予報を見ていたが、
もうこれからは暖かくなる一方で雪は望めないということが分かった。
「じゃあ、もう来年まで雪は降らないのかしら…」
沙織は日に日に暖かくなっていくことを少し残念に思った。
そんなある日辰巳が、光政様が孤児達のことについて、
お嬢様にも話しておきたいことがあるとのことです、と沙織に告げた。
今まで、孤児達のことについて光政から話を聞く事はなかったので、沙織は少し不信に思った。
もしかしたら、あの日の星矢のことがばれたのかもしれないと思ったのだ。
不安な気持ちを抱えたまま光政の部屋にいった沙織だったが、以外にも光政は、
「半年後に孤児達を世界各国に送り出す。それまでに少しは彼らの顔を覚えておいてくれ」
とだけしか言わなかった。怒られると思っていた沙織は、拍子抜けした。
そして、今まで沙織と孤児が接触することをあまり好まなかったはずなのに、
顔を覚えておいてくれとはどういうことなのか?と尋ねると、
それはまだお前に話すのは早すぎる、とこれ以上は何も教えてくれなかった。
光政の言葉に従う他になかった。
沙織は自分の部屋に戻って、窓の下を見つめた。
半年だなんて、雪が降る前に星矢は外国へ行ってしまうの…?
何のために、おじい様はあの子達を外国へ送るのかしら…。
帰国はいつになるのかしら…。
幼い胸のうちに色々な思いが錯綜した。
最終的に沙織が光政の目的を知ったのは、光政と永遠の別れをする時だった。
次の日、沙織は孤児たちが住む区画へ顔を出した。
100人近くいる全ての子供は、何故か男の子しかいなかった。
沙織は女の子もいると思っていたので、これには少し身構えてしまった。
どのように接触していいのか分からない…。沙織は孤児達の中に一人呆然と立ちつくしていた。
そのときだった。沙織はスカートが上にあがる感覚を感じた。
「キャッ!!」
沙織は後ろを振り向くと、しゃがんで虫取り編みを持っている孤児がいた。
その柄がスカートに引っかかっていたのだ。
「おい、那智! お前何やってるんだよ!」 那智ごめん(笑)
那智と呼ばれた少年の隣にいた孤児が、那智の虫取り編みをとって立ちあがった。
那智はわざとやったんじゃない!と叫んで逃げてしまった。
遠くで沙織を見守っていた辰巳が駆け寄ろうとしたが、沙織はそれを手で制した。
「お嬢様、大変申し訳ありませんでした。那智にはこの邪武が話をつけておきます」
「あの少年は那智、あなたは邪武と言うのね、覚えておくわ」
沙織は星矢と2人きりであった時と違い、冷静に振舞った。
200の目が彼女にそうさせていると言っても過言ではない。
星矢はそんなやりとりを少し離れていたところから瞬と見ていた。瞬の隣には氷河がいた。
少し離れたところに紫龍、瞬の兄の一輝がいた。星矢は彼らとは特に親しかった。
「ねえ星矢。この前星矢が話してくれたお嬢様とは違って、今日はいつも通りの氷のお嬢様だね」
「うーん…あの時のことはあんまり思い出したくない…」
「これだけの人がいるんだから、取り乱したりなんかしないだけのことだとおもうが」
「氷河、氷河はどうしていつもそう冷たいいい方をするの?」
「だから、あの女は…。いいか瞬」
瞬と氷河が議論を交わしている間、星矢はずっと沙織を見つめていた。
星矢は沙織に話しかけたかったが、どう切り出していいか分からなかった。
それに、辰巳の目が怖くてなかなか傍に行けなかった。
顔は見られていないはずだけど…、と自分に言い聞かせても足が動かなかった。
それは沙織も同じで、星矢のもとへ行きたかったが邪武がまとわりついてはなれない。
邪武のそれは嫌味な感じはしないのだが、このままだと星矢のもとへは行きづらかった。
結局この日は沙織は星矢と一言も言葉を交わすことがなかった。
沙織はベッドにもぐりこんで、明日は星矢と話すんだ! と心に固く誓っていた。
また、スカートがめくれる事がないよう乗馬用の服を着ていくとも。
次の日、沙織は乗馬をした後に孤児達の部屋へ向かった。
邪武が沙織のもとに駆け寄る。邪武の後ろには那智がいた。
「お嬢様、昨日はすみませんでした。那智も十分反省しています」
「す、すみませんでした…」
頭を下げる那智と邪武に、気にしなくていいと頭を上げるようにいった。
邪武はすっかり沙織の美しさに惚れこんでいるようだった。
周囲の視線や陰口など何も気にしていないところが、邪武らしかった。
星矢はいつものように瞬と氷河、そして今日は紫龍と一緒に遊んでいた。
一輝はその様子を遠くから見ていた。
愛想が悪いわけではないがあまり集団行動が好きではないので、
星矢達も無理には誘わなかった。
沙織は今日は星矢のもとへやってきた。
氷河はあからさまにいやな顔をして一輝のところにいってしまった。
「星矢……」
その後の言葉が出てこない。沙織は何を話せばいいか分からなかった。
星矢は瞬と顔を見合わせる。紫龍も氷河の後を追って一輝のもとへいってしまった。
沙織は手にしていた鞭に気付いた。クラブハウスにおいてくるのを忘れていたのだ。
ならば…
「馬になりなさい、星矢」
沙織は鞭で星矢を差した。
鞭の先端を見つめて、星矢はしばらく固まってしまった。
「…嫌だ」
星矢はぼそっと呟いた。
沙織ははっとした。なんてことをいってしまったんだろうと思ったがもう遅かった。
「誰が馬になんか!!」
「私の命令がきけないの?!」
多くの視線が星矢と沙織に集中する。
沙織はあの時のように素直な自分を出すことは出来なかった。
「沙織お嬢様! この邪武の背にお乗り下さいっっ!!」
沙織の後ろにいた邪武が床に手をついて叫んだ。
星矢は沙織をにらみつけた。どうしてそんなこというんだ!と言いたかった。
握ったこぶしがブルブルと震え始めていた。
「邪武…か。いいでしょう」
沙織は涼しい顔をして邪武にまたがり「乗馬ゴッコ」をはじめた。
「星矢…」
瞬が星矢の肩に手をかけた。瞬が話しかけようとしたその時、
星矢はそれを乱暴に振り払うと氷河のところまで走った。
「氷河、お前の言うとおりだったよ!!」
「……だから言っただろう。瞬、お前もわかっただろ?」
星矢はそれだけ言うと後は黙ったきりになってしまった。
沙織といえば、邪武を馬にして楽しんでいるように見えたが、
心のうちでは星矢に何であんなことをしてしまったのか、
周りの目を気にしてあんなことしかいえなかった自分を恥じていた。
(本当は、もう一度お礼が言いたかったのに)
そう思うと自分が情けなくなってきた沙織は、
邪武から降りて、自分の部屋へ一直線に戻っていった。
途中辰巳とすれ違った。沙織を迎えにいこうとしていた途中だった。
いつもはバタバタと廊下を走ることなど無い沙織を見て、
何かあったに違いないと辰巳は後を追いかけた。
「お嬢様、一体何があったのですか?!」
「こないで、辰巳! 何でもないわ!」
「何でもないなら、なぜ泣いてらっしゃるのですか!」
辰巳に言われてはっとした。なんで私は泣いているんだろう。
涙が出ているのは分かっているのに、なぜ涙が出ているのか分からない。
沙織は涙を拭って、辰巳の顔を見た。
「孤児達は関係ないわ。絶対に問い詰めたりしないで」
沙織はそう言うと自室のドアを閉めた。
(もう、私は星矢と話すことも出来ないのかしら)
沙織はベッドに突っ伏したまま、着替えもしないで眠りについてしまった。
辰巳は絶対何かあったに違いないと、孤児のもとへ向かった。
しかし、孤児たちは絶対に星矢と沙織のことを話さなかった。
仲間を裏切るなどということは、彼らの選択肢には入っていないのだ。
次の日は沙織は孤児達のところへは行かなかった。
行かなきゃ、と思ってはいてもなかなか足が進まなかった。
時折、部屋の前を通って星矢達の様子を見ることはあった。
邪武は沙織を見かけるとこちらへ駆け寄ってきた。
沙織は星矢を見るのだが、沙織に気付いた星矢は背を向けてその場を立ち去ってしまう。
そんなことが何回か続き、沙織はもう孤児達のいるところへは足を運ばなくなっていた。
そして、半年が過ぎ孤児達は世界に散った。
沙織は彼らがバスに乗り込んでいくのを部屋の窓から見ていた。
星矢はギリシアに行くと辰巳から聞かされていた。
「星矢…」
沙織は小さな声で呟き、部屋を出た。