My fate is your thing.
光政は孤児たちの出発前夜に会議を開いていた。
グラード財団の重役は光政の血縁者と、外部の者が半分ぐらいの比率だった。
議題は「銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)」と「グラードコロッセオ」の構想。
沙織も本来なら出席するのだが、光政の命令によりこの会議には出席していなかった。
「…恐らく、戻ってこられるものがいるかどうか…」
「…帰ってくるとしても5年以上は帰ってこないことだろう…」
「…このことは沙織にはまだ言ってはならない。来るべきときがきたら…」
大人の事情に降りまわされるのには慣れている。
いつものことだ、と沙織は大人しく部屋で待っていた。
「…もし私が途中で倒れた場合には、財団の全てを沙織に託す…」
「…この先沙織に手出しをしようとした者は、例え親類といえども容赦はしない…」
会議の途中で辰巳が沙織を迎えにきた。2人は会議場へと向かった。
会議場に入った沙織に注がれる視線。鋭く冷たい視線が容赦なく少女を刺す。
その中を沙織は平然と歩き、光政の傍までやってきた。
「と、言う訳だ。沙織がグラード財団の後継者であるということは天地がひっくり返っても変わりはしない」
沙織はその言葉に一瞬驚きはしたが、その言葉を否定することはしなかった。
そしてにっこりと微笑んだ。その笑顔にその場にいたものは気圧されてしまった。
「この状況で微笑むことが出来るなんてたいした娘だこと」
沙織をあからさまに嫌悪していた沙織のおばに当たる女性が囁く。
もちろん沙織にもその声は聞こえていたが、気にはしなかった。
悪態をつきたいのなら好きなだけつけばいい、それが無駄なことと気付かないなんて可哀想な人。
再び、沙織はそのおばだけに向かって微笑んだ。その微笑におばは何もいえなくなった。
この会議後、誰も沙織に近づけなくなった。近寄らせなかった部分も多いのだが。
数少ない友人もだんだんと沙織から離れていった。
そんな中、光政が志半ばで倒れた。
沙織に全ての過去、全ての運命を話し光政は逝った。
「辰巳、お前は全てを知っていたのね…」
「ええ、けれど時がくるまで話すなと光政様に…」
「おじいさまったら、こんなに大事なことをこんなときに話すんだから」
「お嬢様…」
盛大な葬儀が終わり、沙織がグラード財団の実質的なトップに収まってまだ1週間。
まだ沙織は幼かったが、しっかりと財団の後を継げるように光政はすべてに手を回していたため、
光政の血縁者たちに沙織がトップから引きずりおろされる事はなかった。
逆に、少しでも反旗を翻したものは一刀両断、即解雇を命じられた。
沙織が光政の元から片時も離れなかったのは、財団の指揮の執り方を見せるため。
教育も経営も、マナーも、すべて一流のものを叩き込まれていた。
光政の死後から半年が経ったころには、沙織を毛嫌いしていたおばでさえ、
すでに沙織に逆らおうとはしなかった。おとなしくついていくのが賢いやり方だとわかったのだろう。
「辰巳、もう私を守ってくれるのはお前しかいないのね」
「何をおっしゃいますか! 光政様のご親戚もお嬢様を…」
「…辰巳。私がこれから信頼できるのはお前だけです。あの者たちは結局…」
「お嬢様…」
沙織は次から次へと流れ込んでくる仕事に忙殺されていた。わざとそうしていたといっても過言ではない。
血のつながりのない形式上の親戚に疎まれ、
もともと友人の少なかったうえに、学校に行くことが少なくなったため、
沙織を訪ねる友人は本当に数えるほどになってしまった。
仕事が入っていれば、忙しければ、すべてを忘れていられる…。
そうつぶやく沙織に、辰巳は涙さえ覚えた。
それから何回、年を越えただろうか。
沙織は毎年やってくる雪の季節が嫌いになっていた。
雪が降ると沙織は星矢を思い出し、複雑な感情に縛られた。
沙織は絶対に星矢と遊んだ庭が見えるところへは足を運ばなかった。
その間も着実にグラードコロッセオの建設は進んでいた。
孤児達が「聖闘士」として帰ってくることは、沙織にも分からなかった。
光政の遺言である銀河戦争の開催は、まさに暗中模索だった。
主役が帰ってくるかどうか分からないのに、開催の準備をしている…
けれど沙織は、なぜか何の心配もしていなかった。
おじい様のいうことに間違いはない、光政が他界してから沙織は口癖のように繰り返していた。
コロッセオの完成と同じに、何人かの孤児が聖衣を持ち帰り「聖闘士」となって城戸邸に帰還した。
けれど生死の確認がつき、帰還すると連絡があったのはたった10人。100人が10人になってしまった。
残りの90人は二度と日本の土を踏むことはないのだ。
どんなに辛いことがあっても、どんな犠牲を払っても、この計画は実行しなければならない。
もう、引き返せない。沙織は首を横に振った。
邪武や那智、星矢と仲のよかった瞬、紫龍はすでに到着していたが星矢はまだ到着していなかった。
帰ってくると連絡があったものの、まだ到着していないのは星矢、氷河、一輝の3人だった。
星矢はペガサスの聖衣を持ち帰ると、アテネのグラード財団駐在員から連絡があった。
星矢たち3人が帰ってこないまま、銀河戦争の開催が近づいていた。
そんな中沙織は銀河戦争の記者会見に出席していた。
銀河戦争の開幕は目前。聖闘士の存在について、この大会の意義は?
記者から矢継ぎ早に質問が浴びせ掛けられる。
その会見中、沙織は思いがけない人物と再開した。
星矢だった。
背中にパンドラボックスを背負い、幾分か成長した星矢は凛々しく見えた。
そして星矢は開口一番、姉と合わせるように要求した。
光政のジジイと約束したんだ!
聖衣を持って帰ったら、行方不明になった姉に合わせてくれると!
聖衣を持ちかえったのだから約束を果たしてもらおう!
沙織は少しムッとした。
帰ってきて…久しぶりに顔を合わせたというのに…なんて言い草なの?
記者たちがたくさんいた手前、沙織は冷静に振舞ってこの場を治めた。
「あなたの姉一人くらい、グラード財団の力を持ってすれば簡単に探すことが出来るわ。
あなたは銀河戦争に出なければならないのです」
途中、そのやり取りを見ていた邪武が間に割って入ってきた。
邪武は帰国後沙織のボディガード的な働きをしていた。
「星矢、お前お嬢様に向かってなんて口きいてるんだ!」
「邪武じゃねーか。お前相変わらずお嬢様のケツにまとわりついてるんだな。だらしねぇ」
「何だと貴様! お前も聖闘士として戻ってきたなら、リング場で勝負をつけようじゃないか!」
「リング場…? 今ここで勝負をつけてもいいんだぜ?」
「望むところだ…」
星矢たちはそばに記者がいることも忘れ、小宇宙をぶつけ合った。
互いに拳を交え、星矢は会見場のスクリーンを粉々にしてしまった。
その場にいた記者は、聖闘士の実力を目の当たりにして固まってしまった。
逃げ出そうとしたものもいたが、腰が抜けてその場から動けなくなっていた。
「星矢! 邪武! 貴様らこの最新鋭のスクリーンが一体どれだけするとおもっているんだ!」
「2人ともやめなさい」
城戸家の執事として、怒りをあらわにする辰巳。
怒るのは無理がなかった。億単位のスクリーンを粉々にされてしまったのだから。
「邪武、引きなさい」
「はっ、お嬢様」
「星矢、もう一度言います。あなたは銀河戦争に出場するのです」
「勝手にしろよ!」
それだけ言うと、星矢はその場を立ち去ってしまった。
記者たちは一体今ここで何が起こったのかと、ざわついた。あれが聖闘士の力…。
星矢は一度出て行ってしまったが、心配はしていなかった。
絶対に戻ってくる。
あなたはここでしか生きていけないのだから。